ICL

去年の9月に眼内コンタクトレンズの手術を受け、やっとコンタクトや眼鏡の煩わしさから解放されました。


眼が見えるというだけでも有難いことなのに、さらに快適を求めてしまう。
つくづく欲望の塊だなと思う。


視力があり、視界があるということは本当に幸せなことで、感謝すべきことだと思っています。視力がなければ可愛い猫達を見ることができない、ランニング時の朝日も見ることだって出来ない。
真っ暗で狭いところに閉じ込められ、身動きが取れない、正直にいうと恐怖を抱きます。


今、視力はあるけれど、この先事故や病気で視力を失う可能性は有り得る。


朝起きて、普通にものが見える。この普通が普通ではなく、私は感謝すべきことだと思っています。誰に感謝?それは両親、先祖。このように創ってくれた神様?
全てに感謝です。




断砂糖(2)

断砂糖生活をしていましたが、この3日間続けてロールケーキとビスケットを食しました。体重には変動はありませんでしたが、やはりランニング時に古傷が痛み出しました。


生クリームたっぷりのロールケーキ、もさもさしたビスケットが大好物なのですが、
以前ほど、美味しく味わえず、また食べたいとも思いませんでした。


元マラソン選手が羊羹を1ミリ2ミリにスライスして食べるというようなことを聞いたことがありますが、当時は単純に太るからだと思っていましたが、今は太るということよりも
怪我をしない丈夫な身体を作るためだと思うようになりました。


確かに断砂糖生活をしていると、睡眠の切れが良くなる、疲れにくい、古傷が痛まない等身体にとっては良いことばかりなので、今日から仕切り直しです。


断砂糖もこのまま行けば習慣になるかな?






野良猫から学ぶ

最近は捕獲器を仕掛けずに、猫が来たら餌を持って猫に近づき、猫を私の傍まで来させて食べさせるということをしています。
ぶち猫は至近距離で見ることが出来ていますが、タヌキの方は未だ警戒されている感じです。気長にやっていくしかありません。


ぶち猫は素直で腹が空いているから餌を食べたい一心で私を恐れず寄ってくる。
餌のカリカリをバクバクという音を立てながらガツガツ食べている。
タヌキはジーっとこちらを確認して、ゆっくりカリカリと音を立てて食べている。
食べ終わったら尻尾振っている。お代わりの催促か、美味しかったという表現なのかよく分からないけれど、可愛い。


猫達は餌一杯では足りず、4杯くらいでやっと満足してノソノソとどこかに行ってしまいます。私の空腹は猫達の餓鬼状態に比べればただ口が卑しいだけとも思いました。


なにも着飾らず、裸のまま。言葉も話せないけれど私を魅了する猫達。


人間は服装、持ち物などで自身を表現し、言葉で人の縁を繋いでいかなくてはならない。
着ているものや身に着けているもので武装できるから、その人の本質にたどり着くまで多少時間が掛かってしまう。


もし、原始時代のように何も身につけていなければ、猫達と同じ素のままの自分。
全て取り払った自分に何が残るか。せめて猫達のように素直さと可愛らしさだけは身に着けておきたい。